インタビュー
インタビューコーナー!! 桃園幼稚園出身の方にインタビューさせていただきました! |
上村 瑞葵 様
略歴
大阪市立桃園幼稚園(1998年 平成10年 3月修了)
現在、5歳(長女)の子育てをしながら内科医(糖尿病内科)として病院勤務
上村 瑞葵さん、上村さんのお母さんに、園長がインタビューさせていただきました!
<インタビュー>
(園長) お医者様ということで、医師になりたいと思われたきっかけなどありますか?
(上村さん)幼稚園の検診(養護教諭が行う視力検査)で、視力が悪いのではないかという
ことで、眼科を受診したのがきっかけです。眼科の先生が「かっこいい!」っ
て思ったのがきっかけでした(笑) 年長(5歳児)から眼鏡をかけていました。
(お母さん)目を細めていたわけではないので、おかしいなとは思ったけれど、眼科に行ってよかったです(笑)
(園長) 幼稚園時代は、どのような遊びが好きでしたか?
(上村さん)広い園庭は今でも覚えています。また、遊具もたくさんあって、本当によく友達と一緒に外で遊んでいました。一輪車、竹馬、土山、自由にのびのび遊んでいたことをよく覚えています。遊ぶことが本当に好きでした。
特に一輪車は得意で、すでに幼稚園の時に、乗っていました。家でも一輪車を買ってもらって、練習していました。
(園長) 幼稚園で取り組んでいた一輪車を家でも購入されて、幼稚園と家庭が一緒になってご本人の興味を支えたということでしょうか。
幼稚園教育と、家庭がつながるって素晴らしいと思います。
(上村さん)絵本も好きでした。母が毎日読んでくれていました。忙しい中、毎日…。
(お母さん)毎日、絵本を読んでいましたが、そのうち、仕事も忙しいので、「自分で!」となりましたが(笑)
(上村さん)ピアノも好きで、幼稚園で自由に弾けるピアノで毎日弾いていました。本当に毎日弾いていたみたいで、帰りに先生から「ピアノをこんなに毎日弾いて楽しんでいるので、習わせてあげたらどうでしょう」ってお母さんに提案があったみたいです。その頃に習い始めたピアノは、高校生まで続きました。
先生から、母に毎日、「こんなことして遊んでいましたよ」「〇〇君と仲良しで・・・」など話を聞いていたのは、覚えています。内容は当時は分かっていませんでしたが。
(お母さん)先生からの話を聞けるのは、子どもたちを預ける上で、とても安心にもつながっていました。
家ではしていないようなことを経験しているんだなぁと思っていました。
(園長) 公立幼稚園のよさで、今でも毎日、保護者と話しをしています。今日の活動など全体に話すことと、個人的に話すことなど、家庭と保護者の連携を密にしています。公立幼稚園の良さですね!
そして、教育大附属小学校に受験されたわけですが。
(上村さん)年長(5歳児)の夏に塾のようなものに行きましたが、全く勉強というものをしていませんでした。
座学は苦手でした。遊んでいる方が好きでした。
(園長) でも見事、合格されましたが。
(上村さん)附属の受験といっても、その当時は
〇先生の話を聞く。
〇友達と遊ぶ
〇先生が示した歌を真似して歌う
〇先生のダンスを真似してダンスする。
など、普段幼稚園で、やっていることなので、受験の内容は楽しかったです!
(お母さん)「楽しかった!」と受験が終わって言っていましたね(笑)
受験というプレッシャーで、泣いている子もいたり、不安になっていたりする子もいた中、幼稚園で学んだ基礎力があったことが、良かったのだと思います。
(園長) 基礎とは、集中力だったり、好きなことに没頭することだったり、また、根気強さなどのことですね!
(上村さん)そうです。その当時の受験のことですが、問われるのは、基礎の部分であり、勉強ができるかできないかではなく、その基礎が大切であり、そこを見られていたのかと思います。その力があれば、勉強が始まったら伸びていく力になりますし、何事にも挑戦したり、継続していったりする力になるのだと思います。
(お母さん)何かに没頭できる力があればそれは強いです。遊びにも部活にも没頭している子がその気持ちが勉強に向いたときに、すごい力を発揮します。
子どもを塾にいれた娘の友達のお父さんが言っていました。
1年生は掛け算も割り算もできていた天才だった
2年生は、普通になった。
3年生は、親の子でした。と。
勉強のできる子にしたいと思い、先取りして、勉強を教えていましたが、それは、よくなかった。と。
子どもは様々な経験が必要で、体を動かして遊ぶこと、危ないことも自分で認識することが大事です。
(園長) 上村先生は、何か部活やクラブはされていましたか?
(上村さん)小学校は卓球
中学校は水泳
高校は、テニスとダンスをしていました。体を動かすことは得意ではないです
が、好きです。
学生の間にしかできないことを一生懸命していました。勉強だけじゃなく、い
ろいろな経験をすることが大切です。
(園長) 幼児期は、外で存分の遊び、また絵本も好きだったとお聞きしましたが、他にどのようなことをして遊んでおられましたか?
(上村さん)数字遊びやなぞなぞ、クイズも好きでした。電車に乗ったら、切符に数字が4桁書いてあって、それを足したり、引いたり、して「0」にする遊びなど、日常を遊びにしていました。
また、レゴやラキューも空間認識力につながったと思います。
(園長) 幼稚園時代に、思い出の残っていることは、何かありますか?
(上村さん)プールのことを本当によく覚えています。水が苦手でしたが、プールに通い始めたこともあり、大好きになりました。
また、先生がすごく優しくて、大好きでした。
でも1回だけ怒られたことも覚えています。給食のとき、お盆を落としてしまって、取ろうとしたんですが、取りにくかったので足で取ろうとして、怒られました(笑)
優しいだけじゃなく、ちゃんと叱ってくれて、また、よく見てくれている先生でした。
(園長) 今でも、公立幼稚園なので、ベテラン先生が多いですので、優しく、しっかり子どもたちのことを見ています。もちろん指導もしますし、子どもたち同士、いざこざがあったら、しっかり話を聞き、解決の仕方、表現の方法など経験から学べるように取り組んでいます。
医者を目指して、誰でもなれるわけではないので、すごい努力をされました。
(上村さん)はい。大学は医学部でしたが、看護師でいいかとも思ったんです。それを母に伝えたら、母と対峙することになりました(笑)
(お母さん)やってみて無理なら仕方ないですが、やってもいないのに、諦めるのは違うと。そして、やってみて失敗したら失敗したで、どん底まで落ち込む経験をすればいいと考えていました。
(上村さん)それから全力でやりました。努力の甲斐あって合格しました。今では諦めずやってよかったと思っています。
与えられる人生や手をかけられ失敗をしない人生ではなく、様々な失敗も経験し、メンタルがしっかり強くなっていくことが大事です。
(お母さん)子どもが小さい間は、親は助けてあげられるけれど、大きくなったら助けてあげられない。子どもの時に、たくさんの失敗や落ち込むことを経験することが大事です。
(園長) 今は失敗しないように、親が先回りしてフォローする傾向もあります。そうではなく、様々な経験の中で、失敗し、落ち込むことはあっても、成功体験で身に付けた“自分ならできるという自信”をもち、諦めず、前に進む力を養っていくことが大事ということですね。
(上村さん) 公立幼稚園のよさである、のびのび遊び、さらにその遊びに没頭し、没頭することで養われる集中力、また、失敗しても諦めない気持ち、繰り返し取り組んでみようと思うことなど、そんな様々な力は人生の基礎となっています。その基礎こそが大事であると思います。
(園長) ご主人も医師をされているということですが、上のお子様は?
(上村さん)保育所です。やはり、共働きですので。でも存分に遊ぶことなどは、大切だと思っています。
インタビューを終えて。
上村先生は、医療の第一線でご活躍されています。
日々、内科医として学びを続ける大変、厳しい世界におられますが、とても穏やかで、優
しいお人柄で、園長の私に寄り添ってくださる、気持ちにゆとりのある方だと感じました。
私の目をしっかり見て話してくださる上村先生は、患者さんからもきっと絶大な信頼を
得ている方だろうなぁ思いました。
文部科学省は、公立幼稚園の意義を、「生涯にわたる人格形成の基礎を培う幼児教育の
機会均等と、地域の幼児教育の質の維持・向上にある。」としています。また、知識の先取りではなく、「遊び」を通じた生きた力の基礎(後伸びする力)の育成を重視しています。
そして、公立幼稚園は、国の定める「幼稚園教育要領」を忠実に実践するモデル施設として位置づけ、専門的な指導のノウハウや知見を地域の他の幼児教育施設(私立幼稚園や保育所等)に還元・提供する中核な役割を担うという責務を負っています。
本園では、遊びを中心として、子どもの「やってみたい」という意欲を育み、これから向かう学びの「芽」を養っています。
桃園幼稚園で基礎の部分「失敗しても諦めない気持ち」「学び続ける忍耐力・継続力」など様々な経験から培った上村先生は、医師としてご活躍されています。
上村先生のこれからのますますのご活躍をお祈りしつつ、本園が実践している教育に自信をもち、教職員一同、これからも邁進いたします。
上村先生、この度は本当にありがとうございました。